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2026/02/02[院長コラム]2026年 新年一ヶ月経ちましたよ。

2026年 一ヶ月を過ぎいかがお過ごしでしょうか。

本年もよろしくお願いいたします。

本年に限らず、ここ数年はAIに関わる話題が盛んですね。今年冬休みを利用してユヴァル・ノア・ハラリ氏の『NEXUS』とういう書籍を読みました。ハラリ氏はこの書籍でAI革命への懸念を表明しています。新聞でも新年の紙面で時代を反映してとのことなのでしょうね ビックテックのSNSや延長でのAIの展開を展望しています。いずれにせよ私たちは退っ引きならない時代にいる様です。

しかしここからが重要です。いずれの論調の中でも言われている事が、AIを利用する私たちの責任です。漫画家の士郎正宗氏は次の様に語っています。〜怖いのはAIではなく、「AIを使って悪いことをしようとする人間」のほうかと。人間社会自体が良くならないと、人間の諸活動や知見を統計的に学習しているAIも良いものに育つのが難しい。「良い社会」とは何か、AIの知恵をはいしゃくして、つまりは人間の知恵を結集させて、共に各人で考えていただきたいと思います。

社会の分断を増長させている言われて久しいSNSにしても同じです。SNSは公平ではありません。SNSはGAFAなど巨大企業の資本主義ベクトルに従って動いています。つまりプラットフォームを運営している企業価値が上がる様にユーザーエンゲージメントが押し上げられる様な情報を提供する様のみアルゴリズムが働くのです。つまり私たちはSNSを覗いているだけで「嗜好」という個人情報を吸い上げられ其々の好みの情報が偏向して提供される画面を見続けることいなります。この仕組みによって私たちは自分の嗜好に合った心地よい情報に囲まれ好みの商品等の情報に接することより利便に欲望を満たせる機会を得るわけです。その一方で偏った情報環境が個人の「思考」を益々偏狭なものとし匿名性という責任逃れの仕組みに増長され先鋭化された批判や批評ではない罵詈雑言としてインターネット空間を飛び交いさらにそれらが増幅され大きな力として社会の分断と産む原動力となるのです。

では、社会の分断を乗り越え共生してくためにはどうすればいいのでしょうか。一つ目はそもそも資本主義のベクトルを疑い乗り越え生き様を探求することです。二つ目はタイパやコスパと言われる功利主義を除け立ち止まること、無駄なこと、遠回りすることなどを大切にする姿勢です。そして三つ目にやはり私たち自身がSNSに寄りかかることでなくしっかりと一人一人が責任を持ちSNSを自律的に育てる様意識することではないのでしょうか。

さてさて、先ほどより触れている一人一人が責任を持ち各人が己ごととして「良い社会」をはを考え育てるというフレーズに照らし合わせて昨年末から新年今年の展開として気になる事を一つ指摘したいと思います。それは高市政権の高い支持率です。保守主義と言われる高市首相を応援する国民が多いことは自体は仕方のないことだと思います。リベラルの衰退が言われて久しく貧富の格差の拡大の中、私の様な考えを共有できる人はマイナーであることを日々知人友人との会話の中でも存分に思い知らされます。経済問題への取り組みに関しても同様です。話題になっている書籍の著者である斎藤幸平氏を出すまでもなく相対的に資本主義の存続に対する疑問を呈する意見が増えてはいるもののやはり当面の経済環境の維持が多くの人の望みであることは理解できます。

しかしながら、高市首相の存立危機事態発言、と維新の会のスパイ防止法、防衛費前倒し増額、緊急事態条項、防衛技術立国構想、「5類型」ルール撤廃、安全保障関連3文書の前倒し改訂等々をはじめ継戦能力を高め非核三原則の発言を容認し積極的に支持している国民が70%前後いるという状況はどう言う事なのでしょうか?特に懸念するのは従来の保守派の方々や高齢の変化を嫌う年齢層のみならず20代から30代にかけての若年層のウケがいいというのです。高市首相らの推し進めている政策は明らかに戦争の出来る国を作るという政策です。そしてその先には戦場へ兵士として向かう国民(高市氏を支持していた国民をはじめとして皆)つまり徴兵が必ずあるのです。まさか高市氏を支持している方々は、戦場へ向かうのは自衛隊員であり自分ではない。とか、食料自給率30%を切り天然資源も無い日本国が、万に一つ維戦能力があったとしても核を持っていたにせよ中国に勝てるなどと思ってはいませんよね。もしその様な迷いごとを言われるのならかの第二次世界大戦の結果を思い出して欲しいものです。当時の日本国民も今のあなたと同じ様に権力者の妄言を積極的に信じ支持してたわけです。

そして敗戦。日本時の誰が責任を取ったでしょうか。国策を信じ支持した国民はその責任を問われたでしょうか。いえ自ら問いたでしょうか。東京裁判で幾人かの人たちが一方的に責任を取らされ死刑に処されました。様々な意味で問題のある裁判であります。しかしながら最大の誤謬は日本国民自身(マスメディアを含め)が戦争による犠牲ばかりを言いもしくは「騙された」と言い戦争を支持協力した責任を執ろうとしないことでは無いでしょうか。その事が今だに中国・韓国をはじめ東南アジアの各国との軋轢を残す事になり、さらには日本国民であったにもかかわらず西南諸島や奄美群島を含む沖縄地方の方々への苦渋の歴史を押し付ける事に繋がっている訳です。現代の沖縄への米軍基地の集中や石垣島への自衛隊配備などに対してもヤマトンチュウは他人事。

何故!?日本人は責任を取らないのか。もっと現実をよく見つめ考え自分ごとと捉える想像力が必要だと強く強く思います。

高市政権の政策が自分自身を戦場へ送る事になるという基本的な想像力の欠如と無責任さが無責任な国家像を掲げる政権を産み育てているのです。戦争になっても国は私たち国民を守ってはくれません。むしろ生贄として捧げるつもりです。現に高市さんらははその様に発言していますし、過去の大戦がそれを証明しています。原発回帰もまた然りです。福島県被災地はもとより肝心のエネルギーを大量消費している都市部に住む我々住人がなんのリスクも負わず各地の原発立地の住人の権利や安寧を収奪しいるにもかかわらず他人事、知らぬ存ぜぬ、責任の回避。令和の米騒動の農政の構造も同様では無いでしょうか。

米軍の空母でトランプ大統領の隣でピョンピョン飛び跳ねている首相を嫌悪するのも好意を持つのもそれは紛れもなく私たちだと言う事実。その事を強烈に自覚し一人一人が他人事ではなく自分自身を変えていく絶え間ない努力が必要です。

今、日本国が亡国となろうとしているのは他でもなく国民一人一人が真摯に責任を持ち毎日の生活に向き合っていず、世の中(社会)を叡智で育んでいないからに他ないのです。この程度の国民だからこの程度の国だとは信じたくありません。